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       投稿 2007/1/11

Arcadiaさんに、別HNで投稿していました。

   一杯のラーメン (一杯のかけそばのパロディです。)






       ジングルベル〜 ジングルベル〜

 今日はクリスマス。
 日本においておめでたい日であり、どこの商店街でも当たり前のように流れるクリスマスのテーマソング。
 そのテーマソングは、商店街から少し離れた路地裏の屋台まで流れてきた。
 それを聞いていた屋台の客が、調子外れた歌をうたい始める。
「もぉ〜いーくつ寝ーると〜お正月〜♪」
「おいおい、下手糞だなー」
 突然、歌い始めた目の前の客、田中を見ながら、この屋台の主人、佐藤は苦笑しながら突っ込んだ。
 突っ込まれた田中は、少しふてくされながら言い返す。
「何言ってんだよ、親父さん。 これでも、俺は昔バンドやってて、今でも課長王子って呼ばれてるほど歌が上手いんだぜ!」
「わかったわかった。 しかし、今日はクリスマスだろう? 早く帰ってやればいいんじゃねえか?」
「クリスマス〜? はっ! くだんねえ!」
 そう言うと、コップに残っていた酒を一気に飲み干す。
「くだらんって……それって確か『ドリーム・ボーイ』だろう? 俺も、孫にせがまれて買ってやったんだが、お前さんの子供にやるプレゼントじゃないのか?」
 佐藤は、田中がカウンターの上に置いた小箱を見ながら言った。
 小箱のふたには、うずまきのマークと「専務のオススメ」という文字が書かれている。
 佐藤が、来年小学校に上がる孫にプレゼントしてあげた物と同じ携帯ゲーム機、『ドリーム・ボーイ』だ。
「ああ、これか。 飲み会のビンゴで当たったんだがな……。 カカアがガキ連れて実家に帰っちまったんだよ! ったく、こんなガラクタより缶ビール1箱の方が良かったぜ!」
 佐藤の問に、田中はゲームの箱を叩きながらそう吐き捨てた。
 田中には、妻と男の子供が1人いるのだが、先日ささいなことで夫婦喧嘩をしてしまい、それに腹を立てた妻は子供を連れ実家に帰ってしまったのだ。
 だから、家に帰っても待つ者が誰もいない田中は、ここで飲んだくれているわけである。
「そうかい……」 
「あの〜すみません」
「ん?」
 声をかけられそちらを向くと、中年女性と小学校にあがるかあがらないぐらいの2人の少年が立っていた。
 中年女性も2人の男の子もひどく薄汚れた格好をしており、また、少年たちは双子なのか、まそっくりな顔をしている。
 ただ、2人に共通してある少し大き目のホクロの位置が、1人は口の右側、もう1人は左側と違っていた。
「ラーメンを一杯いただけないでしょうか?」
 おそらく双子の母親と思える中年女性は、恥ずかしそうに佐藤にそう言った。
 佐藤は親子の汚れた手を見て、屋台の裏手の方を指差す。
「ああ、すぐに作れるが、裏手に洗い場があるから、手を洗ってくるといい」
 親子が裏手の方に行くのを見やり、赤い大きめのどんぶりを下ろす。
 そして、茹でた麺玉を3個入れ、ネギ、シナチク、チャーシュー3枚を手際よくのせていく。
 それを見ていた常連の田中は首をかしげる。
「あれ? 親父さん、それって特盛りじゃないか?」
「1杯は1杯だろう?」
 佐藤は、笑顔で人差し指を立てた。





 ラーメンができあがった直後に親子は戻ってきた。
「へい、おまち!」
 あつあつのラーメンが入った大きめのどんぶりを親子の目の前に置いた。
 カウンターに出された大きなどんぶりを見て母親は驚く。
「あ、あの?」
「今日はクリスマス・キャンペーン中でな。 通常の3倍の量で出してるんだよ。 さあ、冷めないうちに食べるといい」
 笑顔でそう言い、お椀とレンゲを3つずつ置いた。
 母親は、なんともいえないような表情をしながら頭を下げ、
「はい、いただきます」
 子供たちとともに食事を始めた。













「ごちそうさまでした」
 よほどお腹を空かしていたのだろう。
 かなりの早さで、3人は特盛りラーメンを完食してしまった。
「お、そうだ坊やたちにこれをあげよう」
 田中は、カウンターに置いといた『ドリーム・ボーイ』を子供たちに手渡した。
 子供たちは声を上げて喜んだが、それを見た母親は箱を田中に返そうと手を伸ばす。
「まあ、そんなことをしてもらっては……」
「いや〜。 もらいもんなんですが、あげる相手がいなくて困ってたんですよ」
 あげる相手がいないということを母親に告げる田中。
「右太郎、左太郎、この人にお礼を言いなさい」
 母親は納得したのか、子供たちと一緒に頭を下げる。
「気にせんでください。 坊やたち、一台しかないから、仲良くやるんだぞ?」
 うん、と子供たちはうなずき、田中にありがとうと言った。







「あ、かあちゃん、おしっこ……」
「ぼくも……」
 突然、二人はそう言うと母親の裾を引っ張った。
「ああ、すぐそこの公園にトイレがあるから、連れていってやるといい」
 その様子を見た佐藤は、公園の方を指差し母親に連れて行くように促した。
 母親は、はいと言い、子供たちの手をとり公園に向かっていく。
 親子が屋台から完全に離れてから、田中は佐藤に小声で話しかける。
「親父さん、ラーメンを特盛りで出してあげるなんて、いいところあるじゃないか」
「お前さんこそ。 しかし、よぽっど嬉しかったんだろうな。 便所に行くのに、お前さんがあげた玩具を一緒に持っていくなんて」
 徐々に小さくなっていく仲が良い親子の後姿を佐藤と田中は見ていた。 
「やっぱり家族って、いいもんだな……。 親父さん、俺、明日カカアとガキを迎えに行くよ」
「ああ、それがいいだろう」
 そのことにさも自分のことのように喜びながら、佐藤は田中の空いたグラスに酒をついでやった。










          このお話は、クリスマスの夜に起こった心温まるストーリー。











          ……じゃなかったりする……
















 カウンターに残っている、親子に出したどんぶりを無言のまま見つめている佐藤の横顔を見ながら、田中が言いにくそうに口を開く。
「親父さん、食い逃げされたんじゃ……」
「………………」
 あれからすでに30分以上経っているが、いっこうに親子が戻ってくる様子はない。
 どんぶりには、すっかり冷めてしまったスープが残っていた。
 すると、佐藤はどんぶりを持ち、残ったスープを飲み始める。
 そして、飲み干したどんぶりを置き、夜空を見上げつぶやく。
「しょっぱいな……」
 風は強さを増し、これからさらに寒くなりそうだと佐藤はそう思った。















        それから十数年後












「おじいちゃん、僕だよ、僕! あのね、大変なことになっちゃってさ! ヤクザの女と寝ちゃって、落とし前として100万円払えって脅されてるんだよ! だから、今から言う口座に100万円振り込んで!」


「お〜お〜大変じゃッたの〜。 よし、じゃあ、おじいちゃんが今から言うことを耳かっぽじってよ〜くお聞き……。




    貴様、去勢せいッ!!







       ジングルベル〜 ジングルベル〜

 今日はクリスマス。
 日本においておめでたい日であり、どこの商店街でも当たり前のように流れるクリスマスのテーマソング。
 そのテーマソングは、商店街から少し離れた路地裏の屋台まで流れてきた。
 それを聞いていた屋台の客が、ため息をつく。
「はぁ……」
 突然、目の前の客、田中がため息をついたので、この屋台の主人、佐藤は驚く。
 いつもなら歌をうたうほどの陽気な課長王子、いや、出世し、部長王子になった田中が、ここでため息をつくのは滅多に無いからだ。
「おいおい、どーしたんじゃ。 一応、おめでたい日なのにため息なんてついて」
 佐藤は、苦笑しながら訊ねた。
「いやな、親父さん、オレオレ詐欺って知ってるか?」
「……ああ、よ〜く知ってるよ」
 渋い表情をしながら、田中に、3日前知らない若い男から、わけのわからない電話がかかってきたので、思いっきり怒鳴りつけて切ってやったと話す。
「ははは! さすが、親父さんだ!」
「ったく、くだんねえ電話かけるんならよく調べろってんだ!」
 佐藤の孫は、大学に通う孫娘ただ1人である。
 なので、あの若い男が孫と言った時点で、詐欺は失敗していたのだ。
「あの人も親父さんみたいだったらよかったんだがな。 実は、俺が昔世話になった大先輩が去年退職したんだけど、その人のところにも、オレオレ詐欺がかかってきたんだよ」
 話の流れから、田中がなぜ落ち込んでいたのか、佐藤はよくわかった。
 そして、言いにくそうに口を開く。
「振り込んじまったのか?」
「ああ、退職金全額な。 その人、親父さんより若いんだが、軽めだけどアルツハイマー患ってて、他の家族が気づいたときには、もう振り込んじまった後だったんだと」
「それは災難だったな……」
 まったくだよと言いながら、田中は、コップに残った酒を飲み干す。
 そして、腕時計を見る。
「お、もうこんな時間か。 親父さん、お勘定」









 田中が帰り、客もいなくなったので、佐藤は帰る準備を始めた。
 彼は、特盛り用の赤い大きなどんぶりの底を見ながらため息をつく。
「……世の中どうなっちまったんだ? 年寄りだまして金をとろうなんて……」
「あの……」
「ん?」
 声をかけられそちらを向くと、1人の見知らぬ男が立っていた。
 男は、口の左側に少し大きめのホクロがあり20歳前後と若いが、なぜか挙動不振である。
 佐藤は警戒しながら、男に話しかける。
「悪いが、今夜はもうしまいだよ。」
「い、いえ。 ……すみません、この近くにコンビ二ありませんか?」
 男は頭を下げ、そう訊ねてきた。
「コンビニ? ああ、それながっ!?」
 コンビニの場所を教えていた佐藤の背中に激痛が走る。
 痛みをこらえて振り向くと、赤く染まったナイフを持った男が立っていた。
 そして、残酷な笑みを浮かべながら、男はさらに続けて佐藤を刺していく。
 ナイフを振るう男の顔は、ホクロの位置は違うものの、もう1人の男と同じだった。






   おい、左太郎! 金は?

   右太郎、これだけあったよ。

   これぽっちか!? ちっ、しょうがねぇ。 とりあえず、ずらかるぞ!

   う、うん……。

   おい、いつまでもびくついてんじゃねえ! そんなんだから、この前騙そうとしたジジイに去勢しろなんて言われんだ!

   ご、ごめんよ……。





 佐藤は、血だまりの中に仰向けに倒れていた。
 そして、男たちが、その場から逃げ出すまでのやりとりを虚ろな目でずっと見ていた。
 もうほとんど動かすことが出来ない体を、ガタガタ震わせながら、そっとつぶやく。
「しょっ……ぱい……な……」
 口いっぱいに血の味が、嫌と言うほど広がっていた。
 その血が流れ出す度に、徐々に佐藤の体温は下がっていく。
 こんなに寒いの味わったことがねえなと、佐藤は薄れゆく意識の中でそう思った。




                 〜 終 〜



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