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『クラウザーさんとM男』






 アオキガハラ樹海という名の森がある。
 サイタマ県の南に位置する大きな森だ。
 この広大な森は、富士山が噴火した際、流れ出した溶岩が冷え固まった上に混合林の原始林を成しており、すばらしい大自然の息吹を感じることができる。
 だが、周辺のみならず、日本中の住人からは、「呪われた森」と恐れられていた。
 忌むべき傍迷惑な自殺志願者たちが絶えず訪れ、その成れの果てである怨霊どもが、新たな犠牲者を求め跋扈するがゆえに……。
 その日本屈指の自殺の名所である「呪われた森 = アオキガハラ樹海」、しかも闇が支配する深夜、一人の男が樹海の中を歩いていた。
 今宵、我々は新たなるリアル・レジェンドの目撃者となる。




 樹海を歩くその男は、とてつもなく奇妙外見をしていた。
 顔には悪魔のようなメイクし、あばら骨のような鎧を身に付け、手には血のように赤い不気味なギター持ち、額には”殺”の一文字。
 どう見ても只者ではない、そう、まるで地獄の帝王のような外見をしている。
 しかし、
「まいったなぁ……。 どこなんだろう、ここ?」
 男はため息をつきながら、不安そうにキョロキョロと辺りを見回す。
「あんな恐ろしいことがやっと終わって、一安心だと思ってたのに……。ついてないよ、トホホホ……」
 そして、男は肩を落としながら、さらにつぶやいた。
 その様を見れば、誰もが、悪の帝王というより頼りないゴボウ男を連想するに違いない。

 そのゴボウ男の名は、根岸崇一。
 オシャレ・ミュージシャンを目指すさえない青年だ。
 もっとも、それは世を忍ぶための仮の姿であり、真の姿はデスメタル界No.1のカリスマ、ヨハネ・クラウザーU世ことクラウザーさんである。(本人は激しく否定)
 そのクラウザーさんが、なぜここ、青木ヶ原樹海にいるのか?
 それは、この地で闇の凶悪フェスが行なわれ、フェスで圧勝したクラウザーさんたち、DMCのメンバー全員が、押し寄せる熱狂的なファンたちから逃げるために、樹海に飛び込んだことが起因する。

 地元の人間ですらめったに入り込まない上に、視界がきかない夜、その上がむしゃらに走ったことが不味かったようだ。
 クラウザーさんが足を止め、周りを見ると誰もいない上に、完全に方向を見失っていた。
 そう、クラウザーさんは遭難してしまったのである。

「ううう、怖いよう……」
 一人ぼっちになってしまったクラウザーさんは、呪われた森が放つ恐怖にすっかり犯られていた。
 そのため、ガタガタと震えながら、
「誰かーー! いませんかーー!?」
 誰でもいい、そう願い叫んだ。
 すると、
「あ、あの〜す、すみません……」
「な、梨本さん!!」
 願いは通じたようだ。
 クラウザーさんの目の前にDMCメンバー、資本主義の豚こと梨本が現れたのだ。
 メンバーに再会できたクラウザーさんは、喜びのあまり叫ぶ。
 しかし、男は首をかしげる。
「梨本? い、いえ、私は山田ですが……」
「え!?」
 別人だったことにクラウザーさんは驚く。
 なぜならば、山田と答えた男は、上から下までまるっきり資本主義の豚だったからだ。



 とりあえず、
「俺は地獄の帝王、クラウザーだ!」
 と、自己紹介し、なぜこんなところに来たのか、
「このクラウザー様が、地獄の閻魔のかわりに聞き届けてやろう!」
 と、山田に質問した。
 クラウザーさんの質問に対し、山田はうつむいてしまう。
 だが、しばらくすると、顔を上げポツポツと語り始めたのである。
「━━と、いうわけなんです……」
「……ほ、ほう……」
 山田は、突然リストラされてしまい、職を失ってしまった。
 職を失った山田は、一生懸命再就職先を探す。
 ところが、中高年のため、なかなか再就職できず、そのせいで娘がグレてしまい、妻が情緒不安になったという。
「……で、もう生きることが、イヤになっちまって……。 一緒に無理心中しようって、カアちゃんと娘に相談したんですが……」
 無理心中という言葉を聞き、それ以上聞くのは嫌だったが、人が良いクラウザーさん(根岸)はそんなことは言えなかった。
「……そ、それで?」
「カアちゃんは、冗談だと思って真面目に取り合ってくれず、娘にいたっては……。 うっ、うっ、うっ……」
 山田は、肩を急に震わせて泣き始める。
「ど、どうした!? お前の娘がどうしたんだ!?」
 クラウザーさんはその様子を見て、娘さんに酷いことを言われたんだろうなと気の毒に思った。
 そして、優しく山田の肩を叩く。
 山田は鼻をすすり、ありがとうございますと言いながら話を続ける。
「一人で死んでこい、ハゲ! と、怒鳴られ、ベルトで叩かれたんです! うっ、うっ、うっ……」
「そ、それはなんとも、立派な親不孝な娘じゃないか……、わっはっはっは……。(ひ、ひどい!)」
 クラウザーさんは、人一倍親孝行な若者である。
 なので、自分の親に対して、そのようなふるまいをした山田の娘に対して怒りを覚えた。
 しかし、
「……でも、ちょっとだけ、気持ち良かったような……」
 とたんに光悦な表情を浮かべた山田の顔を見て、そう思ったことを激しく後悔した。
 また、同時に(この人、やっぱり梨本さんじゃ?)と再び疑う。
 そう、目の前の男は、外見だけでなく資本主義の豚と同じ”M”だったからである。

「……で、結局一人で、ここに首を吊りに来たんだな?」
「そうなんです〜! 家に遺書を置いてここまで来たんです。だけど、やっぱりここで死ぬのが怖くなってしまって、さまよってたら、あなたに会ったわけです……」 
「な、なるほど……」
 山田はここで首を吊るのが怖くなり、別の場所で死ぬことにした。
 だが、帰り道が分からなくなり、遭難してしまったことに気付く。
 そんな時、目の前をクラウザーさんが通り過ぎ、声をかけたらしい。

(このおじさんも帰り道がわからないのか……でも良かった〜!)
 誰でアレ、一人ぼっちでいなくてすみそうだと、クラウザーさんは喜んだ。
 ところが、
(あ、あれ? 変だな、急に寒気が? ……げっ!?)
 急にガタガタと体が震え始めた。
 そして、周りを見ればそこには……。
「ク、クラウザーさん! あ、あれってもしや!?」
 どうやら、山田にも見えているようだ。
 クラウザーさん同様にガタガタ震えている。
 そして、二人同時に叫ぶ。
「「ひ、人魂ッ!?」」
 そう、数え切れないほどの人魂が、クラウザーさんたちを包囲していたのだ。
 


「「「「「贄……にえ……ニエ……ニエニエニエニエ」」」」
 不気味な”声”を発しながら、二人に迫る怨霊たち。
 絶体絶命である。
 しかし、その時、クラウザーさんが雄叫びを上げた。
「う、うぉぉぉおおおお!(こ、怖いよ〜!)」
「ク、クラウザーさん!? ど、どうしたんです!?」
「歌え……」
「は、はい!?」
「歌え! 貴様の中の怒りと憎しみを……全てぶちまけろ! 逝くぞ、オヤジ! イカ臭ェ怨霊どもを残らず……SATSUGAI(サツガイ)するぞッ!!」
 恐怖が限界まで達したクラウザーさんの中で、何かが弾けたようだ。
 ギターをかき鳴らし、山田と一緒に大声で歌い始めた。
 この”呪われた森”に棲む得体のしれないモノからの恐怖を振り払ように。
「ヒャッハーーッ! 今夜はサイコーだぜ! 殺害せよ! 殺害せよ!!」
 いつにも増して、クラウザーさんはハイになっていた。
 まるで何かにとり憑かれているかのように。
 そして、山田もまるでイケナイ注射器を打ったかのように、ひたすら「SATSUGAI」を連呼している。
「オレのカカアも♪ ガキも♪ SATSUGAI! SATSUGAI!!」
 人生に疲れ果て首を吊ろうとした山田は、今やDMCの熱狂的なファンに負けないぐらい、いや、それ以上の熱狂ぶりだった。
 また、怨霊たちも、
「「「「ニ、ニエ!? ……ゴ……ゴートゥ……DMC。 ゴートゥDMC。 ゴートゥDMC!」」」」
 と、次々と声援を上げていく。
「「SATSUGAI! SATSUGAI!!」」
「「「「 ゴートゥDMC! ゴートゥDMC!!」」」」
 クラウザーさんとM男、怨霊たちの叫び声が辛気臭い森にこだまする。
 今や「呪われた森」は、DMC、いや、クラウザーさんのライブステージへと化したのだ。



 それから数時間後、クラウザーさんが我に返ると、森に日が差し込んできた。 
 そして、二人を包囲していた怨霊たちは、光の中へと消えていったのだ。
 おそらく、彼らの魂は、この世の未練を断ち切り、昇天したのだろう。
 なぜなら、イッた顔、いや、満足そうな笑みを浮かべていたのだから。

「う、うぉぉぉおおお!(や、やったー!)」
 ついに、クラウザーさんたちは、恐怖の一夜を無事に乗り切ったのだ。
 一晩中歌い続けていたので、のどが枯れ果てているのにもかかわらず、クラウザーさんは歓喜の雄叫びを上げる。  
「ありがとうございます! クラウザーさん!!」
「へっ!?」
 突然、山田がクラウザーさんに土下座した。
「あなたのおかげで、生きる希望が湧きました!」
「う、うむ! オレ様のことを、地獄の果てまでファックすると誓え! ファーーック!!」
 ゾンビのようだった山田の顔が、とても生き生きと輝いていたのだ。
 歌っている最中は、これ以上に生き生きとしていたが。
「やっぱり死ぬのを止めて、カアちゃんと娘がいる自分のウチに帰ろうと思います。 本当にあざーーす!」




 それから、迷うこと3時間。
「では、私はここで……」
 なんとか樹海脇の国道までたどり着き、クラウザーさんと山田はそこで別れた。
 遠ざかっていく山田に、クラウザーさんはエールを送る。
「豚モドキ! 2匹のメス豚どもを、大切にレイプしてやれよ〜!」



 こうして、M男を調教し、怨霊どもをまとめてイカせ、クラウザーU世こと、根岸崇一(23)の恐怖の一夜、樹海ライブは終わりをつげる。
 だが、この話はまだ終わりではない。











「た、ただいま」
 私は、自宅の玄関のドアを静かに開けた。
 そして、自分の家に帰ってきた喜びを感じながら、玄関に近い娘の部屋の前に立ち、ドアをゆっくりノックする。
「は、花子……すまん、心配をかけた!」
「…………」
 だが、娘の花子から返答は無かった。
 そのため、もう一度ノックをしようとした時、
「ア、アンタ! どこに行ってたんだい!?」
 声をかけられ、振り返るとカアちゃんがそこに立っていた。
 私の遺書を読んだのだろう。
 その目は、真っ赤だったのだ。
「すまん! 本当にすまんかった!」
「アンタ〜! もうバカなことを考えるのは、おやめよ!」
 私とカアちゃんは、泣きながら抱き合った。
 そうだ、私には愛すべき家族がいるんだ。
 花子との溝は深まったままだけど、いつかきっと埋めてみせる!
 もう死のうなんてバカなことは……。














       
 ズン! ズン! ズン! ズン!!


 その時、突然爆音のようなけたたましい曲が花子の部屋から流れてきた。
 我が愛しの娘の部屋から攻めてくる爆音に、ビクッと、体を強張らせる私たち。
 ところが、その曲は感動をぶち壊すだけではなかったのである。
(ん!? こ、この曲は!?)
 流れてきたのは、クラウザーさんと一緒に歌った曲だったのだ。
(い、いかん!?)
「ア、アンタ!? どうしたの!?」
「……オレにさわんじゃねーーッ! メス豚がァァアアア! テメエのアソコは臭ぇんだよ!!」
「ひ、ひどいわぁぁぁあああ!!」
 ショックを受けたカアちゃんが、泣きながら台所に駆け込んで行く。

 なんてこったい!
 この曲を聴いた瞬間、また何かにとり憑かれたかのようにハイになり、カアちゃんに酷いことを言ってしまった。
(あ、謝らないと! い、いやその前に、この曲を止めさせないと!)
 とりあえず、この曲を流すのを止めさせるべく、花子の部屋に行こうとしたその時!
「アンタ…………!」
(……げっ!?)
 背後からカアちゃんの押し殺した声が聞こえたので、振り返って見るとSATSUGAIオーラに包まれたカアちゃんが立っており、その手には包丁が握られていたのだ。
(ま、不味い!)
 私は、カアちゃんをなんとか落ち着かせようと思った。
 ところがどっこい、この場に流れる曲が、それを許すはずがなかったのだ……。
「上等じゃねえか! 逝きやがれ、マンカスっ!!」
「ア、アンタァァァアアアア!!」
「カモン、ファッキン! ヒャ〜ハッハッハッハッ!!」

 その翌日、
『壮絶な夫婦喧嘩勃発! 凶器飛び交うデスマッチと化す! またDMCがらみか!?』
 という記事がスポーツ新聞に載り、女社長のコカンをおおいに濡らしたそうな。 
 そして、この出来事は、後に”流血の家庭崩壊”と言われ、DMCのファンたちに長く語り継がれていったという。





DMC辞典【家庭崩壊】
 家庭崩壊とは、主体(当事者)の幻想における「あるべき家庭イメージ」が、もはや維持できなくなった状態を指す。
 それに至るまでの要因は様々だが、正に血で血で洗う、ルール無用のデスマッチへと発展する可能性が非常に高い。
 


【使用例】

「ねーねー、田中さん、聞いた? あそこのウチのダンナさん、奥さんに浮気がバレて、
 やってる最中にアソコを噛み千切られちゃったんですって!」 

「ホント!? あんなに仲が良さそうだったのに! 家庭崩壊ってヤツかしら? 怖いわね〜」




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